ハーブレポートVol.1 小石川植物園園長 邑田仁先生にお聞きしました。 | HERB LABORATORIES

今回は、悠久の時を生き、
人々に愛されているイチョウのお話です

古くて新しい、という表現が許されるなら、イチョウはそれにぴったりの樹木。「長寿」という花言葉もこれにふさわしいものでしょう。

イチョウはマツやスギなどの針葉樹、薬に使われるマオウなどと同じ裸子植物です。美しい花を咲かせて果実をつくる被子植物よりずっと早く、古生代にその仲間が現れました。
そして、恐竜が繁栄した中生代には北半球に広く広がっていたことが、化石によって明らかになっています。

ところがその後、北アメリカ、ヨーロッパ、アジアという順で絶滅が進み、100万年ほど前には日本からも姿を消してしまいました。まだ、人類がアジアに到達する以前のことです。

地球上からほとんど絶滅したイチョウですが、実は中国でひっそり生き残っていました。ただ、人間が気づいたのはごく最近のことだったようです。中国の文献にはじめてイチョウがでてくるのは1000年ほど前。

日本に伝わったのはそれから300年ほど後と推定されています。ヨーロッパには、1690〜1692年に来日したケンペルによって日本の植物として紹介されました。

いったん世に出てしまうとまたたく間に広まり、現在では世界中で栽培され、愛されています。病気や害虫に強く、成長が早く、しかも寿命も長いため、樹齢数百年といわれる大木が少なくありません。

イチョウの扇形の葉は、何度も二又に分かれる葉脈が透けて見える若葉の時期も、黄葉する時期も魅力にあふれた独特のものです。さらに、秋に実るギンナンは食用になり、葉は薬に使われるというのですから、人気があるのは当然でしょう。

1684年に江戸幕府の御薬園としてはじまった小石川植物園には、有名な「精子発見のイチョウ」があります。明治9年の「植物園一覧図」にもはっきりと描かれているこのイチョウは、明治政府に移管された時に大きすぎて切れなかったため、生き残ったという伝説のある大木です。

小石川植物園は明治10年に、東京大学の創立とともにその附属施設となり、日本の植物学の発展を支えてきました。明治29年には植物学教室の平瀬作五郎が、この大イチョウに実るたくさんのギンナンを観察して、動く精子を発見し、世界的に有名な研究業績になりました。

イチョウは東京都をはじめ、あちこちのシンボルマークとして使用されています。東京大学の校章ももちろんイチョウ、正門から安田講堂にかけて続くイチョウの並木は精子発見のイチョウの子孫という説もあります。

このように人気のあるイチョウですが、欠点といえば実の外側を包んでいる臭い皮。そのため、庭木や街路樹には雌の木を植えないようにしているようです。

現在ではその臭い実を食べる動物もほとんど知られていません。でも、恐竜が活躍していた時代には、ギンナンを食べて種子を運ぶ恐竜がいて、助け合って生きていたのではないかと言われています。

恐竜は絶滅しましたが、イチョウはこっそり生き残っていて、地球上に生まれたばかりの人間と助け合うことにより、鮮やかに復活したのです。

プロフィール
小石川植物園園長
邑田 仁 Jin Murata
東京大学大学院理学系研究科教授・附属植物園園長。理学博士。東京大学理学部卒業、同大学院理学系研究科生物科学専攻修了。
東京大学理学部附属植物園助手、講師、助教授、東京都立大学理学部教授を経て、1999年より現職。専門分野は植物分類学。
おもに、日本から中国中南部・ミャンマーにかけての日華植物区系の植物相の特徴を、温帯・亜熱帯地域を中心として、現地調査を行うとともに、植物地理学的解析やDNA系統解析などにより研究。また、熱帯、亜熱帯地域のバイオリソースの保全と開発にも協力している。

精子発見のイチョウ

ギンナン

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