三井コスメティックスヒストリー

三井コスメティックス55年の歩み

三井コスメティックスの社名の由来

創業者の中川高熙(なかがわ たかひろ)は江戸時代に「越後屋」という呉服店を営み、のちに三井財閥として知られるようになった三井家(六本家・室町家の当主)です。

中川の曾祖父にあたる三井八郎右衛門 高福が明治9年に三井銀行を設立し、それと同時に、独自の方法で作り出した紅や白粉なども販売していた経緯を受け継ぎ、中川は欧米の新しい処方を取り入れた化粧品を開発し、株式会社三井コスメティックスとして誕生させました。三井コスメティックスは日本でまだハーブに馴染みがない時から自然派化粧品に着目し、化粧品づくりに役立てきました。

歴史の中でハーブから薬が生まれ育ってきたように、ハーブから化粧品を作り、お肌本来が健やかで美しくあるために植物の力を活かした製品づくりに取り組んでおります。

創業者の中川には子孫がいなかったため、彼の想い・ノウハウは三井コスメティックスが継承し、本年で創業63年目を迎えます。

化粧品会社を立ち上げたその理由は

中川は考えました。「本当に女性にきれいになって、喜んでもらえるような商品が必要だ」と。そこでまず注目したのが、化粧の基礎である洗顔石鹸でございました。

当時としては画期的な、アミノ酸とビタミンを取り入れた弱酸性化粧石鹸の開発に成功したのです。

発売当初はなかなか売れず、苦労したものの、その後沖縄、広島で大ヒット。
さらにフィリピンへと事業を拡大したところ、“三井”の名前と日本人の肌がきれいだという意識があったためか、次第に売り上げを伸ばしていきました。

ハーブへの思いを化粧品に

生まれ育った環境の日常に、いつもハーブがあった中川は、知人のアドバイスもあって、フランスのハーブに着目するようになりました。

研究の結果、肌を元気づけてくれるオトギリソウ、ビタミンPを含み毛細血管の働きを活発にするマロニエ、湿疹を治す働きがあるハマメリス、皮膚の消炎や血圧降下に使われるアルニカ等々、ハーブに効果・効能のあることを発見。

より有効な組み合わせを求めて、いくつもの化粧品の試作を繰り返してまいりました。このように時間と手間をかけてきたのは、女性の美しさに貢献したいという強い信念があったからです。

本当によいものは、広告宣伝にお金をかけずとも、使った人から人へと口伝えで自然に広まっていくという思いを持ち、研究開発することに、投資を続けてまいりました。

そしてシミコンクをはじめとする“こだわりのハーブ”を贅沢に使った、安心・簡単・弱酸性の三井コスメティックスの化粧品が誕生いたしました。

三井六本家家紋 三井コスメティックスは三井グループとは資本関係はございません。
使用しているのは、三井六本家の家紋です。

三井家系図

1947年3月14日、内閣総理大臣吉田茂は持株会社整理委員会の上申に基づき、三井十一家の当主をいわゆる「財閥家族」に指定されています。

  • ----六本家----
  • 八郎右衛門高公(たかきみ、北家(惣領家)当主)
  • 高長(たかひさ、伊皿子家)
  • 高遂(たかなる、新町家)
  • 高大(たかひろ、室町家)
  • 高陽(たかはる、南家)
  • 高修(たかなが、小石川家)
  • ----五連家----
  • 高周(たかかね、松阪家)
  • 高篤(たかあつ、永坂町家)
  • 高昶(たかあきら、五丁目家)
  • 高義(たかよし、一本松町家)
  • 高孟(たかおさ、本村町家)

この中でも、北家をはじめ、室町家は男爵の称号を与えられています。
三井コスメティックスの化粧品シリーズ「LB」は、ラ・バロン(男爵夫人)という意味でつけられています。

来日したオノ・ヨーコ(左端)を囲んで。右端は創業者・中川高煕

三井コスメティックス創業時のメンバー

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